大判例

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大阪地方裁判所 昭和33年(ワ)384号 判決

原告

土井柳太郎

外一名

被告

山下広明

外一名

主文

被告等は各自原告土井柳太郎に対しては金一〇〇、〇〇〇円、原告土井利一に対しては金二八、〇〇〇円、及び、いずれもこれに対する昭和三三年二月八日から右支払済に至るまで年五分の割合による金員を、支払え。

原告等のその余の請求は棄却する。

訴訟費用は被告等の負担とする。

この判決は被告等に対し、それぞれ原告土井柳太郎は金三〇、〇〇〇円宛原告土井利一は金一〇、〇〇〇円宛の担保を供託するときはいずれも仮に執行できる。

事実

一、原告等は、「被告等は各自、原告土井柳太郎に対しては金二〇〇、〇〇〇円原告土井利一に対しては金五〇、〇〇〇円及び、いずれもこれに対する昭和三三年二月八日から右支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告等の負担とする」旨の判決、並に仮執行の宣言を求め、請求の原因として次のとおり陳述した。

(一)被告山下は肩書地に於て紙函製造業を営む者で、被告川原は被告山下に雇はれていた者である。

(二)原告柳太郎(昭和二七月二月二七日生)が昭和三二年六月五日午後三時頃同原告肩書地の自宅店舗に於て遊んでいたところ、被告川原は勤先である被告山下の所用で同被告所有の軽二輪自動車に乗りこれを運転して右店舗先に通りかゝつて原告柳太郎を跳ね,因つて同原告に頭部打撲傷及び頭部裂傷の傷害を蒙らしめた。

(三)本件事故発生の現場である原告方店舗は、柏原市大県商店街通りの国鉄関西本線と交わる地点より東方約六、七〇米のところで東西に通ずる道路の南側に位置しており間口は約三間程度でその東北隅に郵便ポストが設置せられていた。

右道路は幅員約三米程度の狭隘な通りで、その両側には幅約三〇糎程度の排水用の溝が作られており、道路に面して店舗が立並び人通りは頻繁である。

(四)本件事故当時原告柳太郎は自宅店舗中央の道路から約五〇糎の敷地内で遊んでいたのであるから、被告川原が道路上を通行すれば事故が発生しなかつたのである。

右道路は幅員が狭隘で人通りも頻繁であつたから、このような場所を通行する自動車運転者は、低速度で進行するとともに前方等の注視に務めて、事故防止のため万全の注意を払うべきであるにも拘らず、被告川原は時速三五粁位で漫然と右道路上を西に向つて進行していたため、事故現場附近に差掛つたとき、たまたま道路北側より右店舗先の郵便ポストに向つて横断する子供を発見したが、運転未熟のため制動作業を怠りこれを避けんとしてハンドルを左に切つたため道路南側の溝に車輪を奪われて運転の自由を失つたまゝ二、三〇米位前進して停止した際に原告柳太郎を跳ねるに至つたものである。

(五)本件事故は被告川原の過失に基くものであるから、同被告は本件事故により原告等の蒙つた損害を賠償する義務があり又被告山下はその被用者である被告川原がその業務執行中にした右不法行為につき民法第七一五条による使用者責任として右損害を賠償する義務がある。

(六)原告柳太郎は本件負傷により、その場に転倒して意識も失うと共に相当な出血をした。近隣者が安達病院に運び応急処置を受けたが一時意識を回復した後昏睡状態に陥り終夜嘔吐をして生死も判然としない有様であつた。翌六日午後意識を回復したが五日間は重体で両親が家業を放擲して不眠不休の看病を続けた結果愁眉を開くことができるようになり、入院二週間後治療の見通しもできたので一応退院して自宅療養をした結果同年八月末に至り日常生活に支障を来しない程度となつた。

しかしながら、その後もしばしば頭痛があり、鼻血が出るので同年九月大阪市立大学附属病院で脊柱液採取による精密診断を受けたが明確なる原因が判明しない。

(七)原告柳太郎の本件事故により蒙つた精神上並に肉体上の苦痛は甚大であつてこれが慰藉料は金二〇〇、〇〇〇円以上である。

原告利一は原告柳太郎の父親であつて、右事故による治療費及び諸雑費として金三五、〇〇〇円を支出したが、又右事故後五日間に亘つて看病のため営業を休み、そのため得べかりし一日金三、〇〇〇円合計一五、〇〇〇円の利益を得ることができなく、右損害を蒙つた。

よつて本訴を以て被告両名に対し、原告柳太郎は慰藉料金二〇〇、〇〇〇円原告利一は損害金五〇、〇〇〇円、及びいずれもこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和三三年二月八日から右支払済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、被告等は、「原告の請求はこれを棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」旨の判決を求め、答弁として次のとおり陳述した。

(一)被告山下が紙函製造業者であつて被告川原がその被用者であつた事実、及び、原告店舗の位置、並に、原告柳太郎が事故によりある程度の傷害を蒙つた事実は認める。

(二)昭和三二年六月五日午後三時頃原告柳太郎は原告利一の店先の道路で他の子供二人と遊んでいた。被告川原は原告主張の道路を東より西に向つて普通の速度以下で軽二輪車に乗り進行していたところ、子供が突然右店舗手前を横断せんとしたので、同被告は車の方向を左斜に切つてその子供との衝突を避けようとしたところ、ブレーキをかけたが軽二輪車は原告方店先の溝づたいに直線に随力で進んだ。その際原告方の前の溝に立てかけてあつた自転車に右軽二輪車が当つて、右自転車が倒れ軒下に遊んでいた原告柳太郎が負傷したのである。

(三)右次第につき被告川原の処置は適当であつて、子供が突然道路を横断しなければ本件事故は発生しなかつたのである。又自転車が右場所に置かれてあつたことや、子供の原告柳太郎を道路に放任してあつたことは原告利一の監督不行届であつて過失はむしろ原告側にあつたのである。

三、(証拠省略)

理由

被告山下が紙函製造業者であつて被告川原がその被用者であつた事実及び原告柳太郎がその主張の事故により傷害を蒙つた事実は当事者間に争いがない。

成立に争いのない甲第三ないし第五号証、同第七号証の一ないし、三、同第八号証の一、二、同第九号証、証人辻本千代、同浜本日英の各証言、被告山下及び同川原の各本人尋問の結果、並に本件事故現場の検証の結果を綜合すると、被告川原は、当時一七才で被告山下方の住込の店員であつて、原動機付自転車については数時間の練習をした程度の運転経験があるのみで運転許可証も有しないものであつたが、昭和三二年六月五日午後二時五〇分頃被告山下から小切手を銀行に持参することを命ぜられ、銀行の閉店時間もせまつているのでいそいで銀行に行くため、被告山下所有の原動機付自転車ライラツク号(柏原三ー五五九号)を同被告に無断で持ち出してこれに乗り、小雨が降つてアスフアルト舗装のぬれている幅員三・六米の歩道と車道の区別がなく、両側に商店が立ち並んでいる通称大県通りの道路上を時速約二五粁の速度で東から西に向つて進行し大阪府中河内郡柏原町市村一四九番地先にさしかかつた際、前方約五〇米位の右側の八百屋の前に子供等がいることを認めたが、そのまゝの速度で進行してその約一〇米位の至近距離になつてから、惰力で通過すべくハンドルのレバーを元の位置に戻したが、右子供等の挙動を看過していた結果、そのうちから突然訴外金沢孝彦(当時五年二月)が北から南に向つて道路を横切つて走るのを約一・五〇米の近くになつて発見し、驚いて急ブレーキをかけると共にハンドルを左に切つたが、停車でもなく右道路左端をスリツプして約三・五米西進し、原告利一の酒小売店前に置いてあつた自転車に接触した結果、右自転車が右店舗敷地内のその附近で遊んでいた同原告の長男である原告柳太郎(当時四年九月)に倒れかゝり、そのため同原告は脳震盪症、右側頭部挫傷兼挫創等の負傷をしたことが認められる。

原動機付自転車は人力によらず原動機の力により車輪が回転して進行する構造になつているため、これが操縦には相当の知識と技術とを要し、これが運転をあやまれば著しい危険を生ずることは当時一七才であつた被告川原にも十分認識することのできることがらである。しかるにわずか数時間の練習で運転免許も受けていない程度の知識経験で原動機付自転車を運転して市街地の道路上を通行するが如きは暴挙というの外はなく、絶対に許されないところである。殊に商店の立ち並んでいる市街地の歩道と車道の区別のないような道路の雨にぬれているようなアスフアルト舗装路上を通行するときは何時幼児が道路上に走り出すような事態が発生するか予測できなく、このとき急ブレーキをかけてもスリツプして容易に停車できないことがあるから、このような場所で車を運転する者は、不覚の事態にそなえて何時でも停車して事故の発生を未然に防止する注意義務があるものである。

前記認定の事実によると本件事故は被告川原が右のような注意義務に反した無謀運転の結果によるものであつて、同被告はこれにより原告等が蒙つた損害を賠償する義務がある。

更に本件事故は被告川原が被告山下の事業の執行につき生ぜしめたものであることは前記認定によりあきらかであるから、被告山下は民法七一五条一項により本件事故によつて原告等が蒙つた損害を賠償する義務があることもあきらかである。

被告等は、本件事故は原告利一の監督不行届による過失によると主張するが、原告柳太郎は被告等主張の如く道路上で遊んでいたのではなく前記認定のとおり原告利一の店舗敷地内で本件事故に遭遇したものであり、又自転車を右店舗前に置いてあつたことについても、被告川原の自転車が道路方におかれていたとの供述は信用できなく、他に原告等の過失を認めるに足る証拠がない。

そこで、成立に争いのない甲第七号証の二、三、原告兼原告柳太郎法定代理人利一本人尋問の結果を合せて考えると、原告柳太郎は前記負傷のため安達医院に二週間入院し、退院後も通院して約一箇月間の医療を受けた結果主たる症状は一応治つたが、その後もときどき鼻血を出し、頭痛を訴える等の症状が続いたこと、原告利一は父親として、右治療費を医院に合計金三、〇〇〇円、入院中の臨時の雇人の日当その他の諸雑費として少なくとも合計金一〇、〇〇〇円を支払い、又入院中付添のため原告利一が酒小売業に従事できなかつたために売上が減少し、そのために得べかりし利益として少なくとも金一五、〇〇〇円を失つたことを認めることができる。しかしながら、その余の同原告主張の諸雑費の支出はこれが具体的な主張立証がないから、これを肯定することができない。

原告柳太郎は本件負傷により精神上の苦痛を受けたことは勿論であつて、以上認定の本件事故の状況、負傷の部位程度、同原告及び被告川原の年令、当事者双方の財産状態、その他諸般の事情を綜合するときは右苦痛は金一〇〇、〇〇〇円の支払を受けることを以て慰藉せられるものと認めるのを相当とする。そして原告利一は右認定のとおり本件事故により合計金二八、〇〇〇円の損害を蒙つているものである。

しからば、原告等の本訴請求は、被告等各自に対し、原告柳太郎は金一〇〇、〇〇〇円、原告利一は金二八、〇〇〇円、及び、いずれもこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和三三年二月八日から右支払済まで民事法定利率年五分の割合による損害金の支払を求める範囲においては正当であるからこれを認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴九二条但書、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同一九六条一項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 前田覚郎)

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